松本大学大学院 健康科学研究科
准教授 河野 史倫
「身体の衰えにくさ」には個体差があります。何故このような個体差が発生するのか?我々は、過去の運動習慣によって獲得した効果が骨格筋に残り、将来の「衰えにくさ」に影響しているという仮説を立てました。
平成28年度のスポーツ健康学科卒業生の中村圭介さん(河野ゼミ)は、運動歴の有るラットと運動歴の無いラットを飼育し、中年期における廃用性筋萎縮
*1 の起こり方を比較し卒業研究をまとめました。この研究で得られた結果に河野ゼミの大学院生と現4年生が追加解析データを加え、運動歴の有るラットの骨格筋は廃用性萎縮を起こしにくいことを証明し、アメリカ生理学会誌「Journal of Applied Physiology」に発表しました。
若齢期に1日40分、週5日間のトレッドミル走運動を8週間行ったラットを、8週間通常飼育に戻し、さらに1週間の後肢懸垂を行いました。後肢懸垂は、運動不足や床上生活をシミュレーションする不活動実験モデルで、1週間で約30%の廃用性筋萎縮を起こします。しかし、運動歴の有るラットの骨格筋ではほとんど筋量低下が見られませんでした。この原因には遺伝子の構造変化が関係していることも本研究から明らかになりました。DNAはヌクレオソーム
*2 という構造を作って核の中に折りたたまれていますが、長期間の運動はその構造を緩めます。運動を行わなくなると構造も元に戻りましたが、DNAの足場になるヒストンの種類が置き換わり、遺伝子の構造そのものが変化したまま残っていました。その結果、廃用性筋萎縮を起こす原因となる遺伝子の読み出しを抑え、萎縮を回避することができたと考えられます(下図を参照)。
今回の研究で得られた結果は、運動習慣は衰えにくい体質をつくることを証明しました。運動効果は、遺伝子の構造変化として骨格筋に残り、将来における「衰えにくさ」に影響します。このような仕組みが個体差を発生させていると考えられます。日々の運動が、現在の健康だけでなく、将来の健康にも役立っていることを証明した世界初の研究成果です。
参考文献:Nakamura et al. J Appl Physiol 123: 902-913, 2017.
図の説明
過去の運動習慣で得られた効果は、遺伝子の構造変化として骨格筋に残る。将来において不活動状態(運動不足や床上生活)にさらされても、筋萎縮の原因になる遺伝子が読み出しにくいため、廃用性筋萎縮を回避できた。作画:あべほたる(遺伝子)、武井湧平(動物)
用語解説
*1 :廃用性筋萎縮:運動不足など、筋を使わないことによって筋量が低下する現象のこと。
*2 :ヌクレオソーム:染色体の基本構成単位。DNAが8個(4種類×2個ずつ)のヒストン集合体に巻き付いた構造のこと。